膵臓(すいぞう)がんと糖尿病の関係は? ~膵臓がんの早期診断に大切なこと~
はじめに
一般的に、糖尿病の方では膵臓がんを発症しやすいとされています。膵臓がんの診療ガイドラインによると、糖尿病の方の膵臓がん発症リスクは、そうでない方の約2倍とされています。しかし、糖尿病があるすべての方が2倍のリスクを持つということではありません。このリスク値は糖尿病を発症してからの経過時間(罹病期間)によって異なります。
糖尿病発症からの年数別に膵臓がんの発症リスクを調査した研究によると、発症後1年未満ではリスクが非常に高く、約6.7倍と報告されています。その後は1~4年では1.86倍、5~9年で1.72倍、10年以上では1.36倍となっています。このことから、膵臓がんの発症リスクは、糖尿病と診断されて間もない時期が最も高いということがわかります。これはいったいどういうことなのでしょうか。
膵臓がんの因子とリスクレベル
因子 | リスクレベル | |
---|---|---|
家族歴 | 散発性膵がん | 第一度近親者(両親、子ども、兄弟・姉妹)に膵がん患者が1人いる場合:1.5~1.7倍 |
家族系膵がん家系 | 第一度近親者(両親、子ども、兄弟・姉妹)に膵がん患者が1人いる場合:4.5倍、2人いる場合:6.4倍、3人以上の場合:32倍 | |
嗜好 | 喫煙 | 1.7~1.9倍 |
飲酒 | 1.1~1.3倍(アルコール摂取 24~50g/日) | |
生活習慣病 | 糖尿病 | 1.7~1.9倍(発症1年未満:5.4倍、2年以後:1.5~1.6倍) |
肥満 | 1.3~1.4倍 | |
膵疾患・膵画像所見 | 慢性膵炎 | 13.3~16.2倍(特に診断2年以内のリスクが高い) |
膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN) |
分岐型(膵管の分岐部に発生するがん)でIPMN由来浸潤がんの場合:年率0.2~3.0%併存 IPMN併存膵がん(IPMNから離れた部位で発生するがん)の場合:年率0~1.1% |
|
膵嚢胞 | 3.0~22.5倍 | |
膵管拡張 | 6.4倍(主膵管径:≧2.55mm) | |
その他 | 胆石・胆のう摘出術 | 胆石:1.7倍、胆のう摘出術:1.3倍 |
血液型 | A・B・AB型はO(オー)型の1.9倍 | |
感染症 |
ピロリ菌:1.4倍、B型肝炎:1.6~5.7倍、C型肝炎:1.5倍 |
日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会(編集)
金原出版 2022 より
糖尿病と膵臓がんの関係性
糖尿病と膵臓がんとの間には、相互に影響を及ぼし合うという関係性があります。その関係性とは、
- 膵臓がんが糖尿病を引き起こす可能性
- 糖尿病が膵臓がん発症のリスク因子となる可能性の二つです。
1. 膵臓がんが糖尿病を引き起こすケース
血糖値を下げる作用のある「インスリン」は、膵臓にあるランゲルハンス島のβ細胞で作られています。一方で、膵臓では食べ物を消化する酵素を含む「膵液」も作られています。膵液は、膵臓内の「膵管」を通って十二指腸へと運ばれます。
膵臓にできたがん細胞によって膵管が圧迫されると、膵管の一部が狭くなります。そうすると、膵液が流れにくくなって内部の圧力が上がり、膵管が拡張します。膵管の拡張は周りの組織に影響を与え、β細胞もこの障害を受けます。その結果、β細胞でインスリンの分泌ができなくなって血糖値が上昇し、糖尿病を発症します。がんが大きくなるほど障害を受けるβ細胞も多くなるので血糖値は上昇しますが、早期のがんでも上昇することがあります。
このように、新たに糖尿病と診断されたり、急激に血糖コントロールが悪化したりした場合には、膵臓がんが原因となっている可能性があり、注意が必要です。
※膵臓の働きについては下記の記事でも詳しく解説しています。
2. 糖尿病が膵臓がん発症のリスク因子となるケース
では逆に、糖尿病が膵臓がん発症のリスク因子となるというのはどういうことでしょうか。糖尿病自体が、がんを増やすのでしょうか。
「はじめに」でも述べましたが、膵臓がんに限らず、一般的に糖尿病の方はがんを発症しやすいといわれています。国立がん研究センターの調査結果(※1)でも、糖尿病のある方では、大腸がん、肝臓がん、膵臓がんのリスクが高い傾向にあるとされています。
また、血糖値が高いほど、膵臓がんの発症率が高いということを示した研究もあります(※2)。これによると長期間にわたって高血糖や肥満のような状態が続くことで細胞の損傷や炎症が引き起こされ、がん発生のリスクが高まる可能性があると考えられています。糖尿病を持つ人は、がんの発症リスクが高まることを認識しておきましょう。
しかしながら、糖尿病やその素因を持つ人が遺伝的にがんを発症しやすいというわけではありません。糖尿病ががんを発症させる要因として、糖尿病に伴う高インスリン血症(血液中のインスリン濃度が高い状態)、インスリン抵抗性(インスリンの作用を受ける細胞の感受性が低下している状態)、炎症などの病態の関与が考えられています。また、糖尿病の原因(もしくは合併)となる肥満もこれらの病態を引き起こし、がんを発症する要因となります。
つまり、がんと糖尿病は肥満やインスリン抵抗性という同じ土壌をもとにして発症、進展する病気であると考えられています(共通土壌仮説といいます)。肥満やインスリン抵抗性の改善は、血糖値のコントロールだけでなく、がんの予防にも重要だとされています。
糖尿病と膵臓がんの関係性
一般的ながんの危険因子には、生活習慣、喫煙、肥満、運動不足、飲酒などがありますが、中でも肥満はがんの発症リスクとして極めて重要とされています。下の図は海外のデータですが、がんの中でも特に大腸がん、乳がん、食道がん、膵臓がん、肝臓がん、胆嚢がんが、肥満と関連することが示されています。
肥満はがんや糖尿病だけでなく、さまざまな病気とも関係しています。肥満がベースになり、血圧やコレステロール値の異常、脂肪肝、糖尿病などの各種病態が引き起こされる現象を”メタボリックドミノ”と呼んでいます。この連鎖によって腎機能が低下したり、脳梗塞、心筋梗塞、心不全などが引き起こされることもあります。
ドミノの最初の部分である肥満を改善し、健康的な食事、適度な運動、体重コントロール、禁酒または節酒を実践することは、健康な状態を保つ上で重要です。これは2型糖尿病の発症だけでなく、がんの予防にもつながります。したがって、糖尿病の有無にかかわらず、すべての人に勧められます。
膵臓がんを早期発見するために
膵臓がんの身近な危険因子には、糖尿病、太りすぎ(肥満)、たばこ、膵嚢胞、慢性膵炎、お酒の飲みすぎ、膵臓がんの家族歴があります。
自身に当てはまるリスクがないかをチェックし、危険因子があれば人間ドックなどの際に腹部エコーを受けるようにしましょう。また、糖尿病の発症や急激な悪化があれば、膵臓の検査をしましょう。膵嚢胞があり経過観察と言われた方は、その指示をしっかり守ることも大切です。
参考データ
- (※1)国立がん研究センター 科学的根拠に基づく発がん性・がん予防効果の評価とがん予防ガイドライン提言に関する研究(https://epi.ncc.go.jp/can_prev/evaluation/3345.html)
- (※2)Blood glucose concentration and risk of pancreatic cancer: systematic review and dose-response meta-analysis(BMJ. 2015 Jan 2;350:g7371. doi: 10.1136/bmj.g7371)
この記事を書いた人
- 診療部長
- 糖尿病センター長
- 日本糖尿病学会 研修指導医
- 日本糖尿病学会 専門医
- 日本糖尿病学会 評議員
- 日本内科学会 中国支部評議員
- 日本フットケア・足病医学会 評議員
- 日本糖尿病協会委員会 委員