肝胆膵領域における腹腔鏡下手術(ロボット手術も含む)について
はじめに
1985年にMuheらによってはじめられた腹腔鏡下胆嚢摘出術は、1990年に日本に導入されました。それ以降、我が国では腹腔鏡下手術が急速に広まり、現在、腹腔鏡下手術が胆嚢摘出術の標準手術となっています。低侵襲性に優れている腹腔鏡下手術は、その適応が大きく広がってきました。胃・大腸領域では、すでに標準術式として当院でも数多くの手術が行われています。
肝胆膵外科領域では、胆嚢摘出術以外の腹腔鏡下手術は普及が他領域にくらべ遅くなりました。手術の難易度が高い手術が多く、また大きな脈管が手術部位にあることが多いため、安全性の確保にも問題があるとされてきたためです。しかしながら、外科手術手技や手術器具の新規開発により、肝胆膵領域においても次第に腹腔鏡下手術の適応が広がってきました。
当院でも今までに蓄積した豊富な開腹手術の経験をもとに、早い時期から肝胆膵領域の腹腔鏡下手術の導入を行ってきました。中四国地方では、当院で最初に導入した術式もいくつかあります。2020年5月現在までに約250例の腹腔鏡下肝切除と約100例の腹腔鏡下膵切除を行ってきました。また、腹腔鏡下肝切除および膵切除の中で特定の手術術式については、高難度であるため施行施設・施行医が認定を受けている必要があるものもあります。当院は手術施行施設として認定を受けていますし、仁熊・児島の両名が施行医として認定を受けています。
胆嚢
胆石症に対する腹腔鏡下胆嚢摘出術は、完全に標準手術として確立されています。当院では、胆石症に対する腹腔鏡下手術は4~5日間の入院治療とし、年間200例前後の手術を行っています。また、急性胆嚢炎に対しても、中等症以上の症例や、軽症でも初期治療に反応しない場合には、緊急手術として腹腔鏡下胆嚢摘出術を行っています。現在、胆嚢摘出術では腹腔鏡下から開腹手術への移行率は約2-3%で、ほとんどの症例で腹腔鏡下手術の完遂が可能となっています。その中で、急性胆嚢炎については開腹手術への移行率が高くなりますが、それでも腹腔鏡下に終了するものが多いです。総胆管結石を伴う症例では、経口内視鏡による総胆管結石除去(EST、EPD)を行った後、腹腔鏡下胆嚢摘出術を行うことを第一選択としています。しかし、経口内視鏡では結石除去が困難な症例においては、腹腔鏡下手術で総胆管結石の除去を行うことも可能です。胆嚢ポリープなどの隆起性病変で、胆嚢がんの可能性が低いものは腹腔鏡下胆嚢摘出術のよい適応と考えています。また、胆嚢摘出後に病理診断で胆嚢がんと診断された症例でも、早期の粘膜がんと診断された症例は、追加切除なく腹腔鏡下手術のみで全例無再発生存中です。
肝臓
腹腔鏡下肝切除は、まさに腹腔鏡下手術器具(特にエネルギーデバイス)の進歩により可能になった手術です。近年最も進歩した領域の一つかもしれません。適応は肝臓がんをはじめとした、肝腫瘍全般です。多いものは肝細胞がん、転移性肝がんです。腹腔鏡下手術の際、視野を確保するために炭酸ガスを腹腔内に注入(気腹)しますが、その腹腔圧により肝実質切離に伴う出血が抑えられ、エネルギーデバイスを用いて肝切離を行うと、ほとんど出血せずに手術をすすめることができます。このことは、開腹手術にはないメリットです。また、大きな開腹創が必要な肝切除を腹腔鏡下に行うことは、患者さんにとっては大きなメリットがあります。以下は開腹手術と腹腔鏡下手術の代表的な手術創部の図です。
当院では、2020年3月までに約250例の腹腔鏡下肝切除術を行っています。また、肝切除術の中でも難易度が高いといわれているような術式についても、安全に施行してきました。当院は、高難度腹腔鏡下肝切除術の施行認定施設であり、施行認定医(仁熊・児島)が在籍しています。
患者さんの負担が少ないため、当院では可能であれば腹腔鏡下手術を選択しています。しかしながら安全性に不安が残るような症例では、開腹手術を考慮します。腹腔鏡下手術が可能かどうかについては、腫瘍の存在する位置や、過去の手術歴などさまざまな条件を考慮して判断します。適応については、気兼ねなくご相談ください。
膵臓
膵臓では、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMT)や低悪性度の神経内分泌腫瘍(NET)、粘液性のう胞腺腫など良性~低悪性度の膵腫瘍が腹腔鏡下膵切除術のよい適応となります。開腹手術と同様に、膵体尾部切除術においては、脾臓の温存が可能な場合には脾臓温存手術も行っています。近年では通常の膵臓がんにおいても、条件を満たす症例においては腹腔鏡下手術を行うことがあります。
当院では2020年3月までに約100例の腹腔鏡下膵切除術を施行してきました。また、腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術は難易度の高い手術であり、施行施設・施行医が認定を受けている必要があります。当院は岡山市内唯一の施行実績をもつ施設であり、仁熊・児島の両名が施行医として認定されています。また、内視鏡手術支援ロボット(da Vinci手術)についても、対象となる患者さんには考慮いたします。手術適応については、腫瘍の位置や過去の手術歴などさまざまな条件を考慮して判断いたしますので、気兼ねなくご相談ください。
脾臓
特発性血小板減少症(ITP)など通常のサイズの脾臓の摘出は、腹腔鏡下手術のよい適応で、以前より多くの施設で行われています。しかし、このような疾患は比較的まれで、実際に患者さんの多い門脈圧亢進症を伴う巨脾の摘出手術は難易度が高いですが、腹腔鏡下手術の適応としています。大きくなった脾臓は腹腔内でプラスティックバックに収納し、小さく破砕して摘出するため、大切開は必要ありません。また、肝硬変で脾機能亢進となり、血小板が減少している患者さんで、安全に肝がんの治療を行うための先行治療として、脾臓の摘出が必要となるケースもあります。その際にも、手術侵襲の少ない腹腔鏡下脾臓摘出術は二次治療に速やかに移行できるため、患者さんにとって大きなメリットがあり、当院で施行しています。ただし、門脈圧亢進のため脾臓周囲~食道・胃の静脈瘤の発達が顕著な症例では、脾臓摘出に加え、食道~胃静脈瘤に対する胃上部血行郭清を付加したハッサブ手術を開腹にて行っています。
終わりに
腹壁を破壊せずに手術を行う腹腔鏡下手術は、患者さんにとって整容的な面だけでなく、早期に回復し社会復帰するという大きなメリットがあります。しかし、一方で安全に手術を行うということは、それ以上に大事なことです。特に、術中出血の多い肝胆膵領域の腹腔鏡下手術では、ときに開腹手術への移行を余儀なくされる場合があります。慎重に症例ごとの術式を検討し、十分説明し、患者さんに納得していただいたうえで手術を行っています。
当院は高難度肝胆膵外科手術を多数経験しており、日本肝胆膵外科学会の高度技能医修練施設のA認定を受けています。肝胆膵の高度技能指導医・専門医3名(三村・仁熊・児島)が中心となって担当しております。腹腔鏡下手術のみならず、日々進歩する肝胆膵領域の手術に対応して、安全で安心かつ高度な外科治療を目指しています。